小人のコーヒー(バージョン1)
いつもの駅で電車から下りて、改札口を出る。小雨がと降っていて、少し肌寒い。
駅前のジュースの自販機に気がついた。眼鏡をかけた女性が自販機で缶ジュースを買っている。
それを見て思わず、自販機の前で立ち止まる。
女性が缶ジュースを取り出して自販機の前を離れたのを確かめてから、お金をいれてホットコーヒーのボタンを押す。
手を伸ばして出てきた缶を取り出す。冷たい。
「ホットのボタンを押したつもりだったのに」思わずつぶやいていた。もう一本買おうかと一瞬迷ったが、買うのはやめにした。
その様子を見ていたのか、自分の前に缶ジュースを買った女性が僕の前に来て話しかけてきた。「あの、突然、話しかけてごめんなさい」
見しらぬ女性に突然話しかけられて、僕はちょっととまどっていた。
そんなことはおかまいなしに彼女は話を続ける。
「私、アイスコーヒーが飲みたかったのに、ホットコーヒーが出てきちゃって、どうしようかなと思ってたの。そしたら、あなたの声が聞こえちゃって……」
彼女は、少し言いづらそうに話を続けた。
「あなたは、ホットコーヒーが飲みたかったのにアイスコーヒーが出てきたんだよね。だから、……よかったら、お互いの缶コーヒーを交換しない?」
突然の提案に驚いたが、断わる理由も思いつかなかった。
「僕は全然構わないけど」そう返事をした。
彼女は少し安心したような表情でいった。
「ありがとう。じゃあ交換ね」
そういって彼女は自分が持っていたホットコーヒーの缶を差し出した。つられて僕も自分が持っていたアイスコーヒーの缶を差し出して、お互いの缶コーヒーを交換した。
「せっかくだから、雨やどりもかねて駅の中で一所に飲まない」彼女がそう言った。
ちょっと驚いたけど、まあ、いいか。
「そうだね。そうしようか」
そう答えて僕たちは駅の待合室のなかに入った。
待合室の椅子に座ってコーヒーを飲みながら彼女が話しかけてくる。
「なんで、押したボタンと違うコーヒーが出てきたのかな」
ちょっと考えてから僕は答えた。
「業者の入れ間違いか何かかな」
「そうかもしれないけど、もしかしたら違うかもしないよ」
彼女は目を輝かせながら言った。
「もしかしたら、自販機の中に小人さんがたくさんいるのかもしれない」
「きっとね、ボタンが押されるたびに、小人さんが缶コーヒーを取り出し口まで運んでるのよ」
「それでね。私とあなたのときだけ、小人さんが運ぶ缶コーヒーを間違えたんじゃないかしら」
「あとで間違いに気づいて、二回も続けて間違えちゃった。どうしよう。ってなって、きっと小人さんたち大わらわになってるよ」
「そういう考え方もできるかもしれないね」
僕は苦笑まじりにこたえた。
僕の反応を見てから彼女は言った。
「もしかして、子供っぽいとか思ってるでしょ?」
彼女は少しだけムッとした表情をした。
そんな彼女の横顔を見て、僕は、彼女がアイドルグループ「スターライト」のメンバー「流星ひかる」だと気づいた。だけど、そのことにはふれないことにした。
彼女は話を続ける。
「自分でもわかってるんだ。でもね。そんなふうに考えた方が夢があっていい。そう思うんだ」
何かに気づいたように彼女は言った。
「なんか、ごめんね。一人で一方的にしゃべっちゃって」
「私、今、夢をかなえるために、一生懸命に頑張ってるつもりだけど、最近、うまくいかないと感じることが多くて」
「この先どうすればいいのか。夢をあきらめたほうがいいのかなって悩んでて……」
「それで、誰かに話を聞いてほしかったんだ。
そしたら、自販機の前で、あなたもほしかったのとは違うコーヒーが出てきたんだって気づいて……思わず話しかけちゃった」
「ごめんね。はじめてあった私のお悩み相談に、無理やり、つきあわせちゃったみたいになっちゃったね」
「あやまらなくてもいいよ。気にしてないから」僕は笑顔で答えた。
「ところで、さっきの小人さんの話たけど」
僕は意識的に話の流れを変えた。
「もしかしたら、自販機の中にほんとに小人さんたちがいるんじゃないか。そんな気がしてきたよ」
「え、ほんとに、そう思ってくれるの?」
彼女が驚いた顔で僕のほうをみる。
「さっきの話だと、二回つづけて間違えて大わらわになってるっていってたよね」
彼女は、無言でうなずいた。
「もしかしたら、そのあとで反省会を開いて、次から間違えないように対策をしてるかもしれないよ」
彼女が思わずふきだす。
「そっか。そうだね。反省会してるかもしれないね」
「ちょっと確かめてみようか」
僕はいたずらっぽく笑った。
少し考えこんでから彼女が言った。
「もう一度、自販機で缶コーヒーを買ってみる。そういうこと?」
僕は笑顔でうなずいた。
外に出ると雨はやんでいた。二人とも缶コーヒーを飲み終えていたので、自販機の前までいくと、ゴミ箱に空き缶をすてる。
「それじゃあ、さっきと同じボタンを押してみようか」
「まず僕から」
そういってお金を入れるとホットコーヒーのボタンを押した。取り出し口から缶コーヒーを取り出す。
「次はきみの番」
そういってお金を入れた。彼女はアイスコーヒーのボタンを押して取り出し口から缶コーヒーを取り出した。
「僕のはホットコーヒーだったよ」
「私のはアイスコーヒーだった」
「ということは……」僕がそこで言葉を切ると
「反省会したんだね」彼女が嬉しそうに答えた。
「そうみたいだね」僕も笑顔で答えた。
「だとしたら、やっぱり自販機のなかに小人さんたちがいるんだよ。きっとそうだよ」
彼女は嬉しそうにいった。
「そうだね。僕もそんな気がするよ」
そこで二人で思いきり大笑いしてしまった。
気分がおちついたところで、彼女に聞いてみた。
「それで、悩みは解決しそうなのかな?」
「夢をあきらめるの? それとも、あきらめずにこれからも夢に向かって走りつづけるのかのかな?」
彼女は少し考えてから答えた。「わからない」
「でも、あなたと話をしたからなのかな。もうちょっと頑張ってみてもいいかな。そう思ってる」
「私の方から突然話しかけたのに、私の話につきあってくれてありがとう。」
彼女はそういうと丁寧に頭を下げて、財布から二本目の缶コーヒーのお金を出そうとしていた。
「二本目の缶コーヒーは僕のおごりでいいよ」
そう言うと、「ありがとう」彼女はそう答えた。
「それじゃあ。私、この後、用事があるから……話を聞いてもらえて助かりました」そういって丁寧に頭を下げた。
「それじゃあ、夢に向かって頑張ってね」
僕は笑顔で答えた。
彼女は駅前通りを曲がっていったのですぐに姿が見えなくなった。
彼女を見送ったあと、少し考えこんでから携帯電話をかける。
電話に出た相手に手早く要件だけを伝える。
「スターライトのメンバーの一人一人とちゃんとコミュニケーションがとれてる?
メンバー一人一人に、不安なことや悩みごとがないか時間をかけてじっくり聞いて相談にのってあげててほしい。頼んだよ」
電話を切ると僕は苦笑した。
彼女、僕を見て「はじめてあった」って言ってたな。誰でもいいから話を聞いてほしい。そんな感じだった。
私服を着ていて、髪もセットしてなかったから、わからなかったのかもしれないけど、僕は「スターライト」の所属事務所の副社長なんだよ。
- Fin -