小人のコーヒー(バージョン2)
駅前にある缶コーヒーの自販機の中で、小人たちは今日も一生懸命にコーヒーを作ったり、コーヒーが入った缶を取り出し口に運んだりと大忙しです。
小人たちがコーヒーを作ってお客さんがきたときの準備をしていると、自販機の前で、眼鏡をかけた若い女性が立ちどまりました。
自販機の外のようすを見て小人たちは、わいわい言い合いをはじめました。
「いつもアイスコーヒーを買ってくれるお姉さんだ」
「いつも明るくて元気なのに、今日は元気がなさそうだね」
「何か暗い表情だね」
「なやみごとでもあるのかな」
自販機の外のようすは小人たちにはわかりますが、小人たちの姿や声は販売機の外にいる人間たちにはわかりません。
だから、小人たちは、いつも思ったことを好き勝手に言い合っています。
「今、お姉さんの後ろにならんだ、お兄さんは、はじめて見る顔だね」
「両手を脇にはさんでるから、体が冷えてるんじゃない?」
「だったら、ホットコーヒーを買うかもしれないよ」
みんなで言い合いをしていると、ノッポな小人がいいました。「そうだ。ボク、いいこと思いついたよ」
お姉さんはいつものようにアイスコーヒーのボタンを押しました。自販機の中の壁に、押されたボタンを示すランプがともります。
アイスコーヒーの缶を取り出し口に運ぼうとしている太っちょの小人に、ノッポな小人はホットコーヒーの缶を運ぶようにお願いしました。
「それ、注文されたのとは違う缶だよ」
太っちょの小人は、ふしぎそうな顔をして言いました。
「いいから運んでよ」
ノッポな小人がそう言うので、太っちょの小人は言われるままに、ホットコーヒーの缶を取り出し口に運びました。
ノッポな小人が自販機の中から外の様子を覗いてみると、思っていたのとは違うコーヒーが出てきたことに気づいたお姉さんは驚いていました。でも、後ろにお兄さんが立っているのに気づいてすぐに自販機の前をはなれました。
お姉さんが自販機の前をはなれると、今度は、お兄さんが自販機の前に立って、小人たちが言っていたようにホットコーヒーのボタンを押しました。
その様子を見て、また小人たちが言い合いをはじめました。
「やっぱりホットコーヒーだったね」
「体が冷えてたんだね」
「風邪でもひいてるのかな」
みんなが言い合ってるの聞きながら、ノッポな小人は、太っちょの小人に言いました。「今度は、この缶を運んでよ」
「これ、さっき運ぼうとしてたアイスコーヒーの缶だよね」
「いいから運んでよ」
ノッポな小人がそう言うので、太っちょの小人は言われるままに、アイスコーヒの缶を取り出し口に運びました。
取り出し口から出てきたのがアイスコーヒーだと気づいて、お兄さんが思わずつぶやきます。
「あれ? ホットのボタンを押したつもりだったのに……」
すぐそばにいたお姉さんにも、その声は聞こえました。その声を聞いて、すこしかんがえこんでからお姉さんは思いきってお兄さんに話しかけました。
「あの、とつぜん話しかけて、ごめんなさい。
もしかしたら、自販機から出てきたのが、ほしかったのと違うものだったんじゃない?」
お兄さんは、とつぜん話しかけられて、おどろいていましたが「実は、そうなんだ」と苦笑いして答えました。
「あの、実は私も、ほしかったのと違うのが出てきてどうしようかなって思ってたの」
「僕はホットコーヒーがほしかったんだけど、アイスコーヒーが出てきたんだよ」
「私は、アイスコーヒーがほしかったんだけど、ホットコーヒーが出てきちゃって……」
お姉さんは、そう答えると、思いきって聞いてみました。
「それで、お互いの缶コーヒーを交換したらいいんじゃないかなって、そう思ったんだけど、どうかな?」
お兄さんは、お姉さんの顔を見たあとで、お姉さんが持っている缶コーヒーと自分が持っている缶コーヒーを見てから、こう答えました。「そうだったんだ。じゃあ交換さてせもらおうかな」
「アイスコーヒーだよ」そういって、お兄さんは自分が持っていた缶コーヒーをお姉さんの前に差し出しました。
「ありがとう」そういってお姉さんはアイスコーヒーを受けとりました。
「じゃあ、これホットコーヒーね」
そういってお姉さんも自分が持っていた缶コーヒーをお兄さんの前に差し出した。
「ありがとう」そういってお兄さんはホットコーヒーをうけとりました。
缶コーヒーを交換し終わると、お姉さんが言いました。
「あの、もし、よかったらでいいんだけど、せっかくだから、ここでいっしょにコーヒー飲まない?」
お兄さんは、ちょっとおどろきましたが、少しかんがえてから答えました。
「そうだね。そうしようか」
お兄さんがそう答えると、お姉さんは近くにあったベンチに腰かけました。つられてお兄さんも、お姉さんから、少しだけ、はなれて腰かけました。
なんとなく気まずい感じだったけど、お兄さんとお姉さんは缶コーヒーを飲みながら、話しはじめました。
そのようすを自販機の中から見ていたノッポの小人はニッコリと笑って言いました。「よし、思った通りになったぞ」
お姉さんが、もうしわけなさそうにお兄さんに話しかけます。
「ごめんね。急に話しかけられてびっくりしたんじゃない」
「ちょっと、おどろいたけど、気にしてないよ。だけど、二回も続けて、思ってたのと違う缶コーヒーが、出てくるなんてことあるんだね」
「そうだね。どうしてなのかな」
お姉さんは、ふしぎそうな顔でお兄さんに聞きました。
お兄さんは、ちょっと、かんがえこんでから言いました。「業者の人が入れまちがえたのかな」
「そうかもしれないね。でも、もしかしたから違うかもしれないよ」
お姉さんは何かを思いついたように言いました。
お兄さんは、ほかにどんな理由があるのか気になって、お姉さんの話を聞いていました。
お姉さんは、少しかんがえこんでから、目を輝かせながら言いました。
「もしかしたら、自販機の中に小人さんがたくさんいるのかもしれないよ」
「きっとね、ボタンが押されるたびに、小人さんが缶コーヒーを取り出し口まで運んでるのよ」
「それでね。私とあなたのときだけ、小人さんが運ぶ缶コーヒーをまちがえたんじゃないかしら」
それを自販機の中で聞いていたノッポの小人は苦笑いしてしまいました。「まちがえたわけじゃないよ」
お姉さんは話をつづけます。
「あとで、まちがいに気づいて、二回もつづ
けて、まちがえちゃった。どうしよう? って、きっと小人さんたち大わらわになってるよ」
「そういう考え方もできるかもしれないね」
お兄さんは苦笑いしながら答えました。
お兄さんが苦笑いしたのに気づいて、お姉さんは、少しきつい口調で聞き返しました。
「もしかして、子供っぽいとか思ったでしょ?」
お姉さんは、ちょっとだけムッとした表情をしましたが、口もとは笑っていました。
そんなお姉さんのふくれっ面を見て、お兄さんは、あることに気がつきましたが何も言いませんでした。
「ごめん。ちょっとだけ子供っぽいって思ったよ」
「やっぱり、そう思ったんだ」
お姉さんは、少しさみしそうにそう答えてから話をつづけました。
「自分でもわかってるんだ。でもね。そんなふうに考えた方が夢があっていい。そう思うんだ」
お姉さんは何かに気づいたように言いました。
「なんか、ごめんね。私のほうが一方的にしゃべっちゃってるね」
「私、今、夢をかなえるために、一生懸命にがんばってるつもりだけど、そそっかしくて、うまくいかないと感じることが多くて」
「この先どうすればいいのかな。夢をあきらめたほうがいいのかなって、なやんでて……」
「それで、誰かに話を聞いてほしかったんだ。
そしたら、自販機の前で、あなたもほしかったのとは違うコーヒーが出てきたんだって気づいて……思わず話しかけちゃった」
「ごめんね。はじめてあった私のお悩み相談に、無理やり、つきあわせちゃったみたいになっちゃったね」
「あやまらなくてもいいよ。気にしてないから」お兄さんは笑顔で答えました。
「それから、小人さんの話たけど」
お兄さんが、ちょっとためらうように言いました。
「もしかしたら、自販機の中にほんとに小人さんたちがいるんじゃないか。そんな気がしてきたよ」
「えっ、ほんとに、そう思ってくれるの?」
お姉さんは、おどろいた感じで、お兄さんの顔をみました。
「さっきの話だと、二回つづけて、まちがえて大わらわになってるっていってたよね」
お姉さんは、だまって、うなずきました。
「そのあと、どうなったと思う?」
お兄さんは、楽しそうにお姉さんにたずねました。
「そうだなぁ」
お姉さんは、少しのあいだ考えこんでから答えました。
「反省会を開いて、次から、まちがえないようにするにはどうすればいいか話し合ってる。そんな感じかな」
自販機の中で二人の話を聞いていたノッポの小人は、思わずさけんでしまいました。「まちがってないし、反省会も開いてないよ」
ふしぎなことに、お姉さんに、その声が聞こえたようです。
「今、なにか聞こえなかった?」
そう、お兄さんにたずねました。
「何も聞こえなかったけど」
お兄さんは不思議そうな顔で答えました。
「聞きまちがいだったのかな。小さな声で『まちがってないし、反省会も開いてないよ』って聞こえた気がしたの」
それを聞いたお兄さんは、ちょっとかんがえこんでから言いました。
「じゃあ、たしかめてみようか」
そういって、お兄さんは、飲み終えた缶コーヒーの空き缶を、近くにあったゴミ箱に捨ててから、自販機の前まで行きました。
つられて、お姉さんも立ち上がると、飲み終えた缶コーヒーの空き缶を、ゴミ箱に捨ててから、自販機の前まで行きました。
お兄さんはポケットからおカネを取り出すと、販売機におカネを入れました。
「ホットコーヒーのボタンを押してみるよ」
お兄さんはそういって、ボタンを押しました。
自販機の中で、ノッポの小人は注文どおりの缶を運ぶように、太っちょの小人にお願いしました。
お兄さんは、出てきた缶を取り出すと、自販機の横に立って言いました。「きみも押してみたら?」
お姉さんも、おカネを入れて、アイスコーヒーのボタンを押すと、取り出し口から出てきた缶を取り出しました。
「僕のはホットコーヒーだったよ」
「私のはアイスコーヒーだった」
「今度は正しく出てきたね」
そういうと、お兄さんはちょっとかんがえこんでしまいました。
「もしも業者の人が入れまちがえたんだったら、まえにホットコーヒーが出てきたボタンを押したら、そのあとも同じようにホットコーヒーが出てくるはずだよね」
お姉さんは、だまって、うなずきます。
「業者の人が、入れまちがえたんじゃない。ということは……」
お兄さんは、そこで言葉をきりました。
「やっぱり、小人さんがいるんじゃないかな」お姉さんが、ほっぺたをピクピクさせて嬉しそうに言いました。
お姉さんのその笑顔を見て、お兄さんは、また、あることに気がつきましたが、何も言いませんでした。
「そうかもしれないね」お兄さんは、頭をかきながら、笑って答えました。
「きっと、そうだよ」お姉さんも、うれしそうに笑顔で答えました。
お姉さんが笑顔になったのを確かめてから、お兄さんがお姉さんに聞きました。
「そういえば、今、なやんでるっていってたけど、そのなやみは解決しそうなの?」
お姉さんは少し考えてから答えました。「どうかな。まだわからない」
「でも、あなたと話をしたからなのかな。もうちょっと、がんばってみてもいいかな。そう思えてきた」
「僕は、ただ話を聞いていただけなんだけど
そう思えたのなら、よかったよ」
お兄さんは恥ずかしそうに答えました。
「私の方から、とつぜん話しかけたのに、話を聞いてくれてありがとう」
お姉さんはそういうと、ていねいに頭をさげました。
そのようすを自販機の中から見ていた小人たちはみんな笑顔になっていました。
「お姉さんに笑顔が戻ってよかったね」
「なやみも解決しそうだね」
「よかった。よかった」
お姉さんは「それじゃあ。私、このあと、用事があるから……。ほんとうに話を聞いてもらえて助かりました」そういって、もういちど、ていねいに頭をさげました。
そのあと、お姉さんは、駅前通りを曲がって歩いていって姿が見えなくりなりました。
お姉さんを見送ったあと、お兄さんはしばらくかんがえこんでしまいました。
口もとが笑ったままのふくれっ面と、ほっぺたをピクピクさせる笑顔を見て気づいたよ。きみがアイドルグループ「スターライト」のメンバー「流星ひかる」だってことに。
僕を見て「はじめてあった」って言ってたな。握手会で一回話しただけだから、しかたないか。
その日の夜、「流星ひかる」のTwitterに、「さいきん、なやんでることがあって落ちこんでたんだけど、ある人に話を聞いてもらったら、気持ちが楽になったよ。明日からまた、がんばるぞ」と投稿されました。そのツイートには、ファンの人たちから1000件以上の応援のリプライがついていました。
その中に「どんな、なやみかわからないけど、気持ちが楽になってよかったね。きっと小人さんたちのおかげだね」というリプライがありました。そのリプライには、いいねが1つだけついていました。
- おしまい -